バリアフリー2005を終えて
今回、バリアフリー2005に出展し、各社様のおかげを持ちまして、無事盛況のうちに終える事ができました。
これも皆様方の温かいご協力の賜物と感謝致しております。
車椅子に座った、つい最近まで専業主婦だった私をここまでご指導頂き有難うございます。
昨年は、メーカーのシールを胸に張り、会場を周りました。
介護する方の為に必要なものは有りますが、介護される方のためのものは一握ほどしかありません。カタログの重さに閉口しながら帰った事を思い出します。
その時に、来年はここに2ブースと決めました。私は“プチハウスなな”の事業は、バリアフリー展からスタートと決めておりました。
多くの障害を持つ方にお越し頂き、貴重な生の声を聞く事が出来ました。
理学療法士、看護士、ケアマネージャーの方や、実際に認知症をご自宅で看護している方や、麻痺をもち介護されている方、色々なご意見を伺う事が出来ました。
私も障害を持ち、長年不便をしていた経験から、今流行のユニバーサル商品と詠っておりますが、本来有るべき商品だと思います。
『年齢や能力に関わりなく、すべての生活者に適合するデザイン』これはアメリカのロナルド・メイスが提唱した事ではありますが、今の日本はようやくそれに気が付き始めております。省庁も最近ようやくユニバーサルデザインプロジェクトを立ち上げました。
しかし、その中のメンバーは残念ながら、皆健常者ばかりです。
健常者から判断する、考える障害者の視線。
これでは今までとなんら変わりありません。
そうではなく、そのプロジェクトに障害者がいないことに疑問を感じていないことが不思議です。
ハートビル法や交通バリアフリー法も見直しを迫られておりますが、どのように見直してよいのかが解らないと思います。
幸か不幸か、私は車いすを使用しているため、視線の高さは子供と一緒です。
老眼の為、メガネをはずすと大きな文字以外読めません。これは視覚障害者の弱視と同じです。老眼鏡を必要とするため、高齢者とも同じです。
上肢障害が有る為、手や指先の非力さは、高齢者や子供さんと同じです。
下肢障害が有る為、車いす使用者です。
いつも大きな耳鳴りがあり、集中力を欠くと耳鳴り以外の音は聞こえません。
一部聴覚障害者のことが判ります。
めまいはいつも揺れているし、痺れは首から下全部と左前頭部にあります。
中途半端に障害者や高齢者のことが判ります。
しかし、私はその障害をお洒落に変えて楽しんでいます。
例えば、コップを持つときに手をコップの形に合わせるとコップはその中に入ります。小指をコップの下に入れると、コップは手の形状の中に納まり、落とすことは有りません。
殆どの方がお気づきではありません。
他人に自分の持つ障害を理解して頂こうと言う考えはありません。
しかし、いずれ年齢を重ねると判る時はくると思います。
事件や事故、災害等何時何が起こるかわかりません。
『明日はわが身です。』
その時に、たいていの方は出来なくなった数を数えます。出来なくなった数を数えるから落ち込むのです。
出来る数を数えると、その数は増えて喜びに変わります。
体には障害が有りますが、心は至って健康です。
心や精神がなんら変わることはありません。
体は借り物。灰になってお返しするまでの預かり物。
心や精神はずっと生き続けるもの。
もしそれが受け継いで頂けるような物であれば、最高の幸せ。
次の世代にしっかりと残していけるものを考えて、若者にバトンタッチしたいと思います。
昔は人生50年と言いましたが、私は51歳の時に起業致しました。
これは、自分の人生の知識や身につけたものを、次の世代に伝えていかなくてはならない物。長寿になった分、伝える時間が出来ました。きっといくつかの事は人生が終わるまでには、次の世代の方にバトンタッチできると信じております。
弱者優先を考えると、ユニバーサルは出来ます。
それを身近な生活雑貨から、住環境空間に至るまで主人と二人でユニバーサルを提案していきたいと考えております。
最高のユニバーサルは、みんなの視線や心がユニバーサルになってくれることです。
来年は8ブース構えて、バルーンを上げて見たいと思っております。
超零細企業では有りますが、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。
|